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患者さんから、大輪の薔薇の切り花を頂きました。
ご自宅のルーフバルコニー(この治療所より広い!)で栽培されていて、
今までも時折持って来て下さっては、
私たちの目と鼻を楽しませて下さっていました。
今回、特に見事な花で、ブログにアップされて頂きました。
この小さなカップ(花瓶)に4つの種類のバラが挿されていて、
それぞれ香りが微妙に違います。
石鹸の匂いがする。と言って患者さんから笑われましたが、
本当に甘い鮮烈な香りが、受付一杯に拡がります。
来院された患者さん達も口々に
「綺麗!凄いねぇ。」と声をかけ、愛でていかれます。
やっぱり、花は良いですね。
特に大輪の薔薇の花は。
花の命は、短くて。直ぐに萎れてしまうことでしょう。
せめて、写真の撮ってブログ上に残しておこうと思います。
Y様、何時も有難うございます。
自宅の庭にバラ園が有るのは、羨ましい限りですが、
お手入れが大変で、膝や腰に多大な?負担が掛かっている様ですが、
無理なさらずに、治療の方は、当院にお任せ下さい。
(ちょっとした宣伝でした。)
<受付のバラ> <別角度から>
<ヒマラヤ岩塩とバラ> <骨と薔薇>
ありのままで生きる。とは、どういう事でしょう?
B’zの曲で、「愛のままに、わがままに…。」と続く歌詞が有りますが、
ありのままに生きる事は、わがままに生きる事とは違います。
また、「このままの自分で良い。」何ていう耳障りの良い言葉で
自分を誤魔化して、向上心を忘れ去ってしまう生き方とも、
「すべてを受け入れる」と言いつつ、諦めてしまう事でもありません。
自分らしく、ありのままに生きる。とは、
「自由自在」に生きる。という事です。
今、自分自身に起きている事は全て、自分自身の行為や、思考が基になっている。
という事実を「自覚」して生きる事。
様々な情報が飛び交っていても、選択したのは自分自身です。
誰のせいでもありません。
其処の所を自覚(自ら覚悟を決める)する。
逆に言えば、何を考えるかは全くの自由です。
誰にも邪魔はできません。どう生きるかは、自分しだいです。
自分の「思考」しだいでどんな風にでも、変えられます。
自分の人生は、自分が決めているのです。
もう一度言います。
自分らしく、ありのままで生きるとは,
「自由自在」の意味を深く理解して、自分の人生を責任を持って生きる。
という事に他ありません。
ここまで、結構長かったですね。
「アナ雪」の楽曲を聴いて素直に感動してれば良いのに、
直ぐにこんな事ばっかり「思考」を巡らせては、周りから煙たがられている。
それが、ありのままの私。
これでいいの〜♪。
って、良いわけ無いやん!
「自分」という漢字を分析してみると、
自ら(みずから)を分ける。とも、
自ず(おのず)と分かる。とも読み取れます。
全体(極(きわみ)と言います。)から自ら(個)を分ける。
黙っていても、自ずと分かる。
それが、「自分」。
では、全体の中から「個」を際立たせるものとは、何でしょうか?
それは、「思考」です。
前回、私たちは様々な情報に晒され続けている。
と書きましたが、その情報をどう処理するのか?どう受け止めるのか?
それは各人各様です。
ストレスと感じるのか、喜びと捉えるのか、またはスルーするのか?
結果にも当然、差が生じます。
その時、どう感じるのか?どう考えるのか?
これだけは、全ての人が同様に「自由」です。
言わば、「思考」のみが「自分」を表現している。とも言えます。
この考え方で、「ありのまま、あるがまま」を分析してみると、
あるがまま=そのままである。=「自在」。
(自ずと在る。自ら在る。)と成ります。(ちょっと強引か?)
これに、自らが由に(みずからがゆえに)
=自分の思考、行為の結果。と言う意味合いの「自由」。
を合わせて「自由自在」。
「自由自在」自分の思考、行為によって、自らが在る。
逆に言えば、今、自分の目の前で起きている事は、
全て自分の「思い」が具現化したものである。とも言えます。
両親が、自分達の子供を授かった時、
初めてする仕事はその子に名前を付けることです。
どんな親でも、その子の将来を夢見、または夢を託し、
こんな風に育って欲しい。こうあって欲しい。
という願いと祈り(イメージとエネルギー)を込めて
命名します。
この行為を「ネーミング」と「レッテル貼り」と呼びます。
私たちは生まれてこの方、いろいろな名前で呼ばれています。
両親から貰った本名はもちろんの事、
子供の頃からのあだ名や、その時々の身分
(小学生、学生さん、○○クラスの子供、社会人一年生…。)や、
肩書き(新米、課長さん、院長、町内会、PTAの役員さん…。)。
男の子、女の子、長男、末っ子、日本人、芦屋の人。
お父さん、お母さん、○○ちゃんのママ、○○先生の奥さん。
数え上げたら、キリがありません。
中には、「おいっ。」という「名前」で、長年呼ばれていた。
何ていう方もあります。
その一つ一つに、その名前に込められたエネルギーとイメージが
レッテルとして貼り付けられて行きます。
私たちは、無意識の内にその名札(レッテル)に縛られ、
そのイメージに添った自分を演じます。
一度、思いつく限り自分が呼ばれたことのある「名前」を挙げてみて下さい。
出来れば、何時、どんな場面で、誰からかも。
そして、その状況をぼんやりと眺めて下さい。
思い出して、意識に上げるだけでも充分です。
そうすると、自分自身が自分のことを○○だ。と感じていた事柄が、
何時どの瞬間から始まったのかが、何となく解ってきます。
さらに一つ一つ、丹念に当たって行くとある時に、
ふと感じることがあります。
今まで、自分が暖めてきた「セルフイメージ」なるものは、
実は何の実体も無かったのではないのか?
ただの「思いこみ」だったのでは?と…。
ここまで来ると、「自分らしさ」なんて何処かに行ってしまってます。
何だか、話がややこしくなって来ているので、
続きは次回「ありのまま」編にて。
本当の自分とは?
それは、理想の自分のことなのでしょうか?
それとも、現在そのままの自分なのでしょうか?
それとも…?
自分らしく生きる為には、先ず
「自分」が何者なのかを理解する必要が有ります。
自分自身が「自分」のことをどんな人間だと捉えているのか。
それをセルフイメージと言います。
では、そのセルフイメージは、一体何処から来ているのでしょうか?
そのほとんどが、「自分」以外の外部からの「情報」です。
私たちは、物心をついてからずっと、様々な情報に晒されています。
それは、肉親であったり、先生であったり、友達だったり。
あるいは、活字や、マスメディアや、インターネットなどの
一般的、社会的な情報であったり。
家族、コミュニティー、民族。
または、教育、歴史、習慣的な要因。
特定の宗教、思想、信条に基づくもの。
○○でなければ、いけない。
○○でないのは、変だ。
あなたは、○○だ。
○○に比べて、○○だ。
そんな様々な情報を、経験の中から、
自分なりに再構築して作り上げたもの。
それが、貴方が貴方自身の姿だと認識している、
所謂「セルフイメージ」です。
その中には、いろいろな思念や、エネルギーや、イメージが
ギッシリと積み込められています。
その最たるものが、「ネーミング」と「レッテル貼り」です。
どういうものか、次回説明して行きます。
大ヒット中のディズニー映画「アナと雪の女王」。
もうご覧になりましたか?
若い女性や子供さんを中心に、既に1000万人以上の方が、
映画館に足を運んでいるそうです。
劇中歌も異例のヒットで、何でもスクリーンに合わせて歌ったり、
「レリゴ現象」なるものが起きたりと、
一種の社会現象化している感すらあります。
我が家でも、娘や姪っ子達が早々に鑑賞し、
GWには、サントラ版のCDを購入しました。
ところで、そのサントラ版ですが、今話題の「LET IT GO」。
原盤と松たか子さんが歌う日本語盤。訳詩がかなり違います。
曲のタイトルが「LET IT GO(ありのままで)」となっていますが、
本当の意味は、かまわないわ、どうでもいいの。
みたいなニュアンスだそうです。
これ以上隠しておけない。みんなが何と言おうと気にしない。
決して戻るつもりはないわ。と言う、開き直りとも取れる強い決意、
過去の自分との決別宣言が、
吹き替え版では、ありのままの自分になるの。
自分を好きになって。自分信じて。光あびながら歩きだそう。
といった自分応援ソングへと変化しています。
キャラクター的にはこの方が、日本人に受け入れ易いのは、確かですが…。
まぁ、個人的には、レリゴよりレルビ(LET IT BE)=「あるがままに、なるようになるさ」の方が
シックリ来るように感じるのですが、それはさておき。
いずれにしても、世の多くの女性が、「自分らしく、ありのままに生きる。」
ことに大いなる共感を抱いていることは、事実です。
でも、ここで素朴な疑問が有ります。(私だけかもしれませんが。)
自分らしく生きるってどういう事?
そもそも、ありのままってどんな意味?
ちょっと考えてみましょう。
五月晴れの澄んだ青空。
ばかりでは、ありません。
曇りの日も、雨の日も、
時には風が吹いたり、雷が鳴ったり嵐の日も、あります。
私たちの生活は、天候や環境によって少なからず影響を受けています。
同様に、私たちは立場や周りの人間関係によって
考え方や、気分など良くも悪くも左右されがちです。
泣いたり、笑ったり、イライラしたり、落ち込んだり。
お天気と同じ。日替わりで、右往左往しています。
しかし、このブログでよく話題にさせて貰っている私の師匠は、そんな事はありません。
(少なくとも私には、そう見えました。)
どんな状況に於いても、どんな立場の人に対しても、常に「泰然自若」です。
そんな師匠がある時、こんな話を為れていたのを覚えています。
「吉田くん。雲の上は、いつも快晴だよ。」
「あぁ、はぁ。確かにそうですね。」
「人間、生きていればいろんな事がある。上手く波に乗れる時もあれば、
また誰かにハシゴを外されてしまう事も有る。
美味しい話で擦り寄ってきたり、かと思えばさっと手のひらを返したり。
何を信じればいいのか?誰でもあるはずだ。」
「院長先生でも?」
「そんな時は、いつもこう考える事にしている。雲の上は、いつも快晴だ。と。
お天道様はずっと我々を照らしている。
だが、時に厚い雲が覆い隠してしまう。光の存在を疑うことさえある。
どうすれば良いか?考えた結果
私は、いつも雲の上に居ることにしたんだよ。」
「雲の上の人になる?」
「そう、よく「あの人は、雲の上の存在だ。」何て言っているだろう。
あれは、私たちには、手の届かない存在だ。と言う事では無くて、
あの人は、何物にも惑わされずに突き抜けた存在だ。
と言うのが本来の意味だと思うよ。」
私自身は、迷いもがくことの多い人間です。
それでもいつもこう心に言い聞かせています。
「雲の上は、いつも快晴だ。
だから、雲の上の人になる。」
と。
長かったゴールデンウィークも終わり、
学生さんもお勤めの方もまた、そうで無い方もいつもの日常に戻られた事と思います。
早く休みが終わって欲しかった方も、終わって欲しく無かった方も一様に
休み明けは、中々もとのペースに戻りにくいものです。
私も含めて、長く同じ立場に居るものでもそうですから、
この春から新しい環境に変わられた方は、尚更の事だと容易に想像出来ます。
よくこの時期、新入社員さんや一人暮らしを始めたばかりの学生さんが、
新しい環境に少し慣れ始めてちょっとホッとした頃に、
軽いホームシックに罹ったりする事を「5月病」と呼んだりしますが、
案外新生活が始まったばかりにやって来る
この長い小休止(ゴールデンウィーク)にも一因が有るのかもしれません。
山登りや長距離走なんかでも、疲れたら、
一旦立ち止まって一休みする事は必要ですが、
下手に腰を降ろして座り込んでしまうと、一気に疲れが出て、
後、立ち上がって歩き出すのが一苦労です。
それでも気を取り直して歩き続けると、
ある時点から、足取りが軽くなって行くのを感じます。
連休明けに、何となくペースが掴めずにズルズルと休んでしまう。
この数日をどう乗り切れるか、結構重要なところです。
元来、五月病は所謂「うつ病」とは、区別すべきものです。
五月病は、繰り返し再発するわけではありません。
ある意味、一時的なものと言えます。
最近では、悩んでいる人に「頑張れ。」と声を掛けるのは、
無責任で逆効果である。と言われるのですが、
私は、敢えてエールを贈りたいと思います。
「少しだけ勇気を出して、一歩踏み出してみると、
思ってたよりも容易に道は開けたりするものです。だから、頑張れ!」
偉そうで済みません。
5月3日(土)
芦屋川沿いに建つ仏教会館にて開催された、
帯津良一先生の第三回「芦屋養生塾」に参加させて頂きました。
帯津先生は、ご存知の方も多いことと思いますが、
日本ホリスティック医学協会、日本ホメオパシー医学会の会長を務められ、
また帯津三敬病院の名誉院長でもあります。
医療の東西融合という新機軸を基に、78歳の現在も精力的に
がん患者さんの治療に当たっておられます。
また、私たちのような所謂、代替療法へも造詣が深く、
一度お話を伺う機会が有れば…。と考えていました。
当日は、「あっぱれ、大往生。」という演目で講演為され、
翌日5月4日朝から、今度は芦屋川の河川敷で「虚空」という気功を
十数名の参加者に手ほどきをして下さいました。
早朝の柔らかい日差しと川のせせらぎの音が、何とも言えず
爽やかで「虚空」からのエネルギーを身体一杯に巡らす事が出来た感覚があります。
肝心の講演の内容は、折に触れて帯津先生が、こう仰ってました。
という形でブログの方に掲載して行きたいと考えています。
今回、セミナーに誘ってくださり、また当日も色々とお世話頂いた
○○様ご夫妻に心より感謝致します。ありがとうございました。
また、企画、主催された一般社団法人 自然療法機構
http://japannaturopathy.org/
代表 平垣様
ありがとうございました。
また、色々と勉強させて頂きたいと思います。よろしくお願いします。
明日からは、連休後半。
杏林堂鍼灸整骨院でも、カレンダー通りにお休みさせて頂きます。
長いお休みを利用して、ご旅行に出掛けられる方も多いことと思います。
違う土地に行って(特に海外)、体調管理の面から特に留意すべきは、飲み水です。
衛生面での注意もそうですが、
水は、その土地土地で味も違えば、質も違います。
人間の身体の成分の3分の2は、水で出来ています。
その水の質に変化があれば、
身体にも何らかの影響が出ても不思議ではありません。
人間の身体の成分の3分の2は、水で出来ています。
私たちが生きているこの地球も3分の2が海水で覆われています。
その海水の塩分濃度、PHと
人間の血液中の塩分濃度、PHは
ほぼ同じです。
私たちの身体の組成は、地球環境と密接に繋がっています。
そしてこの地球上には、
悠久の大地の営みをはっきりと感じ取れる場所が沢山あります。
私自身も実際に現地に赴き、自分の足で大地を踏みしめ、
五感をフルに働かせて、全身でそのエネルギーとバイブレーションを感じる事が出来たら…。
なんて考えたりもしますが、当面叶えられそうにありません。
そこで、この休みに映画を見に行く事にしました。
本日、5月2日公開の「ネイチャー」です。
「アース」などを制作したBBC earthが、
「水」をテーマに地球上の未知なる世界を、
4K3Dという最先端カメラで撮影したドキュメンタリー映画。らしいです。
スクリーンから発するエネルギーを擬似体感?しようと思っています。
※5月7日(水)から、平常通りに施術致します。よろしくお願い致します。