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両親が、自分達の子供を授かった時、
初めてする仕事はその子に名前を付けることです。
どんな親でも、その子の将来を夢見、または夢を託し、
こんな風に育って欲しい。こうあって欲しい。
という願いと祈り(イメージとエネルギー)を込めて
命名します。
この行為を「ネーミング」と「レッテル貼り」と呼びます。
私たちは生まれてこの方、いろいろな名前で呼ばれています。
両親から貰った本名はもちろんの事、
子供の頃からのあだ名や、その時々の身分
(小学生、学生さん、○○クラスの子供、社会人一年生…。)や、
肩書き(新米、課長さん、院長、町内会、PTAの役員さん…。)。
男の子、女の子、長男、末っ子、日本人、芦屋の人。
お父さん、お母さん、○○ちゃんのママ、○○先生の奥さん。
数え上げたら、キリがありません。
中には、「おいっ。」という「名前」で、長年呼ばれていた。
何ていう方もあります。
その一つ一つに、その名前に込められたエネルギーとイメージが
レッテルとして貼り付けられて行きます。
私たちは、無意識の内にその名札(レッテル)に縛られ、
そのイメージに添った自分を演じます。
一度、思いつく限り自分が呼ばれたことのある「名前」を挙げてみて下さい。
出来れば、何時、どんな場面で、誰からかも。
そして、その状況をぼんやりと眺めて下さい。
思い出して、意識に上げるだけでも充分です。
そうすると、自分自身が自分のことを○○だ。と感じていた事柄が、
何時どの瞬間から始まったのかが、何となく解ってきます。
さらに一つ一つ、丹念に当たって行くとある時に、
ふと感じることがあります。
今まで、自分が暖めてきた「セルフイメージ」なるものは、
実は何の実体も無かったのではないのか?
ただの「思いこみ」だったのでは?と…。
ここまで来ると、「自分らしさ」なんて何処かに行ってしまってます。
何だか、話がややこしくなって来ているので、
続きは次回「ありのまま」編にて。